8 病気で死ぬかもしれない3
8 病気で死ぬかもしれない3
tankuroです、こんにちは。
前回の続きです。
◆◆ 病名は「不安定性狭心症」で、手術名は「経皮的冠動脈
ステント留置術」でした。
検査・手術でした。◆◆
◆◆ ICUには完全看護で3日間入っていました。
経過は昼夜がわからない日が続きましたが、日に日に回復して
ゆきました。
右手に固定されていた大きな木の板が外れて動かす事が楽になり、
よく時には動脈に直接挿入されていたチューブが外され、左手の
点滴が1本減り、その翌日にはまた減り、その翌日には、また
減った頃、息◯のチューブも外れました。◆◆
◆◆ 何がキツかったと言うと、痛みもありましたが、水が
飲めないことでした。
1日目は完全にダメでした。
2日目は一日100c大丈夫になり、その制限は徐々に解除され
ましたが、ペットボトル1本が飲めるようになったのはICUを
出て2日も経ってからでした。◆◆
◆◆ 自分の意識とは反比例して、体力がここまで落ちる
のかと驚かされました。
ベットに上半身が起こせるようになり、尿瓶が使えるように
なり、移動に車椅子が用意され、1歩も歩かせてもらえ
ない状態でした。◆◆
◆◆ そして、知れからはICUを出て徐々に歩けるようになり
ましらが、病室内の移動はOK、病棟内の移動OK、同一階の
移動OK、入浴OK、1階の売店に買い物OKと体力の回復に
合わせてドクターの許可をいただきました。
そこまで10日以上経っていましたが、もどかしい毎日でした。◆◆
◆◆ ここまで長文になって説明させていただきましたが、
本題はこれからです。
人は心臓が傷つく事によって、本当に体力を奪わあれます。
普通うに歩くことが驚くほど出来なくなるのです。
健康って大事だとつくづく思い知らされました。◆◆
◆◆ 入院計画は14日でした。
10日が過ぎる頃にリハビリが始まりました。
この病院はスリッパは禁止で、スニーカーを履くことが義務付け
されていました。
リハビリには指導者がついてくれました。
30歳初めに見える可愛らしい女性でした。
結構気に入っていました。◆◆
◆◆ 自分では全然歩けるし、運動もできると思い込んでい
ましたが、それが全く出来なくなっていました。
まずは壁に向かって屈伸や片足でバランスととる運動から
始まりました。
彼女に感心したのは、世間話で心をとらえ、優しく接して
くれたことです。
もう少し若ければアタックしているかもしれません。
でも話によると既婚者でした。◆◆
◆◆ 健康って本当に大事だと思い知らされました。
体力は徐々に回復しました。
予定通りに退院できましたが、◯◯さんから教わったように
日々ウォーキングから頑張る日々から始まりました。◆◆
◆◆ でも、歩けないのです。亀を意識しながら慌てず
ゆっくりと、、、。
500m 先のコンビニに行くのもやっとでした。
そこで、コーヒーを買って飲み、休憩をとってから帰路に
つきました。◆◆
◆◆ そんな日々を送り、次の目的は1km先のコンビニで
新聞とコーヒーを買って休憩することでした。
そこまで出来るようになったのは、さらに2週間を要しました。
体重は入院前が86kgありましたが、退院後は76kgに
なっていました。◆◆
◆◆ 体力や筋肉が落ちたのは納得がいきます。
皆さんもダイエットも大事ですが、健康が一番だと思い
お話ししました。
ちなみに大手術を含めた費用が気になりますよね。◆◆
◆◆ 私も気になりますが、知りません。
「高額医療費控除制度」ってご存知ですか?
「限度額認定証」の発行が受けられます。
この認定書を会社依頼で保険組合に発行してもらうと、大体
普通の給料を受けている人は病院で¥44000以上支払う
ことはありません。
勿論、差額ベット代金や食事代金は覗かれます。
参考まで、、、。長いお付き合いありがとうございました。◆◆
おしまい。