tankuro  健康に生きる為の案内図

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初めての大病になるまで 3

初めての大病になるまで 3

 

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 こんにちは、tankuroです。

 前回に引き続き大病になって行く話しを

 させて頂きます。

 

◆◆ 扁桃腺の切除手術も無事に終わり、年を跨いだ

 そんなある日、泌尿器科の定期検診に向かいました。

 担当の〇〇先生からPSAの値が上昇しているので検査が

 必要ですと言われ、まず触診する事になりました。◆◆

 

◆◆ 先生が肛門から指を入れ、5cmほど進んだ辺りを
 触診しました。
 栗のような感触があると癌の疑いがあるとのことでしたが、
 それが認められたようです。
 後日内視鏡の検査を受け、さらに検体検査で1泊の
 入院を予約をしました。◆◆

 

◆◆ 検体検査は手術室で麻酔をして、肛門から針を通し検体を
 採取するものでした。
 麻酔が効いていたので、痛くはありませんでしたが、どすん
 ドスンと振動する感じがありました。
  それも13回でした。数えました。
 その日に初めてジュニアに管が通り、排尿するシステムが
 挿入されました。
 麻酔が切れた頃には、幹部ではなく、そのジュビアの
 接合部分がひどく痛くなりました。
 後で看護師さんに効いたのですが、尿道を空気で広げ管を
 差し込んであるとのことでした。痛い!!◆◆

 

◆◆ 痛みで眠れぬ夜を過ごし、午後にはジュニアの
 管もはずれ退院する事が出来ました。
 結果は2週間後の診察の時に知らせてくれる事に
 なりました。◆◆

 

◆◆ 審判の下る日がやってきました。
 家族の方も同席してくださいと注文がついていたので、
 結果は目に見えていました。
 カミさんとどう言うわけか息子が同席しました。
 悪性の組織を持つ初期の前立腺癌でした。
 5年生存率は、、、。怖くて聞き取れません。
 多分長くないのでしょう。◆◆

 

◆◆ 先生曰く、初期の前立腺癌なので全摘出手術を
 早く行ったほうが賢明ですとの事。
 さらに、膀胱から繋がる尿管を切除して、前立腺
 一緒に精嚢や精管などの周囲ごと摘出するほか、
 肛門近くの括約筋も摘出するとの事でした。
 私はうなづいて、ただただ聞くだけでした。
 急に先生は顔をしかめてさらにこう言いました。◆◆

 

◆◆ 「言いにくいのですが、ボ〇〇神経も切除します」

 「ボ〇〇神経?うそ、嘘でしょう?」と、私は心の
 中で叫びました。

 「いいえ、大丈夫です。もう使いませんから思いっきり
 切ってください!」と突然に答えたのは、息子でした。
 私は苦虫を噛みました。◆◆

 

◆◆ そうこうしているうちに、手術当日がやってきました。
 前日から食事を控え、下剤を飲み胃を空にして手術に
 望みました。
 兄や家族がみんな来ていました。
 看護師さんに伴われて、車椅子で手術室に向かいました。
 担当医が手術着を着て待っていました。◆◆

 

◆◆ 手術台に移されるとドラマのように麻酔医が2名
 やってきました。
 「では、麻酔を打ちます。」という合図で横向きになり
 作業が始まりました。
 1本背中をさされる微妙な小さな痛みを感じた後、麻酔達は
 背中の腰のあたりに何かを通し始めました。
 しばらくその作業が続きました。◆◆

 

◆◆ 「うまくいかになぁ」
 「う~ん、そうだな。もう少しにひねってみるか」
 小声が静まり返った手術室内では、よく聞こえます。
 「まぁ、これでいいか?しょうがない、これで行こう」
 全部聴こえています。◆◆

 

◆◆ 「では、全身麻酔にしますね。楽にしていてください」
 ドラマのまんまだと考える間も無く、私の意識は
 遠のきました。◆◆

 

◆◆ 「手術は無事に終わりましたよ」と看護師さんに
 声をかけられて私は目覚めました。
 それはちょうどガラガラとストレッチに乗せられて
 手術室を出る時でした。
 「今何時ですか?」と私は開口一番に尋ねました。
 答えはまるで覚えていません。◆◆

 

◆◆ そんな時です。
 遠くで主治医の声だけが聞こえてきました。
 「本当にすみませんでした」
 なになに、どうしたの? なにかあったの?
 とその時は疑問に思う余裕はありません。
 その言葉だけが記憶に残りました。◆◆ つづく

   長くなりましてすみません。
  病気っていつくるかわかりません。
  備えておく必要がありますね。
  そのお話は今度させて下さいね。